カルピスの原液の話ですがね


 夜寝る前に「ホットカルピスを飲む」という女性とか、甘いお酒は好きじゃないけど「カルピスサワーは好き」という女性がいたりして、ここのところ、どうもワタシの周りがカルピスづいている。好きなんだな、みんな。先日は我が母親に出し抜けに「カルピス飲む?」と言われてちょっと椅子から落ちそうになった。
 その母親に言わせると、最近のスーパーなどでは、あまり「原液タイプ」を見かけないらしい。もちろん製品としては売ってらっしゃるわけだし(サイト確認済み)、恐らくその原液タイプから作るであろうホットカルピスを愛好している方もいるわけですが、ま、見かけないと70代の母は言うわけですよ。つまり「カルピスウォーター」はあるけど原液がないと。それはいかがなものかと。

 カルピス L-PACK 1L 1本

 昭和ヒトケタの母世代にしてみると、どうやらそれは「もったいない」という方面からの指摘だったようなのだが、そこでふと思ったのでありますね。カルピスはすでに「カルピスウォーター」なのであります。つまり、オレのカルピスの味、我が家のカルピスの濃度を楽しむといったことではなくて、フツーに美味しい「推奨標準味」で存在している。
 そう思うと、「すきやきのたれ」も「浅漬けの素」も「クックドゥ」もそういうことだなとあらためて思うではないですか。カルピスに限らず、家庭の味は「推奨標準味」の時代なのか、と。総グルメ時代だからそこからのアレンジはあれやこれやあるのかもしれませんが、いずれにしても「ベースは標準」。フツーに美味しいのがお約束。我が家流はその標準の上にトッピング。成功は約束されていると言っていいでしょう。そのかわり失敗も逸脱も底抜けも脱線も突然変異もない。
 グローバル化なる言葉のことは、まあ、よくわかってないところもあるんですが、世界標準ならぬ日本標準で「味」は平らにならされている。地方も都市部も関係ないし。
 と、これを「家庭の味」の話のフリをして書いているけれど、実は雑誌やらテレビやら「メディア」の話だったりしやしまいか、と思っていたりするのである。「こう作ればだいたいみんな満足」といった推奨標準しかないメディアなんて面白くもなんともないんじゃねーのかと。
「原液」をオレ流にアレンジしていた頃の夏休みの小さな冒険はいずこに。氷を入れないでキンキンに冷えた水で作るとうまかったなあ。……あ、それが「カルピスウォーター」か(笑)。でも、たぶん濃かった、売ってる「カルピスウォーター」よりも。そして、そのかわり失敗も逸脱も底抜けも脱線も突然変異もあったのであります。
 お腹が空きました。

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