水餃子が辣油色に染まる原宿


 暗殺のジャムセッション (ハヤカワ・ポケット・ミステリ 1827)


 原宿にある餃子店のカウンターに座ると、すぐ横が、10代後半、いや20代アタマか、と思われる中国人のカップルだった。最初はそのことには気づかなかった。スリムな男の子はトラッカーズキャップを斜めにかぶり、流れ出た前髪を綺麗に額になでつけ、BAPEのTシャツにカーディガン。女の子はピンクのセーターに美しい空色のニットキャップ、金髪のロングヘアーで睫毛を上下にカールさせた完全なギャルメイク。彼らが中国語で会話を始めなければ、そしてワタシの頭脳が中国語と日本語を聞き分けられなければ、ヤング・チャイニーズだとは思わなかったに違いない。

 原宿の昼下がりにふさわしい、このお洒落カップルは、やたらと仲がよかった。たどたどしいオーダーを終えると、ふたり向き合うようにして話をしたり、時折、女の子は彼の腕にしがみついてアタマを肩にのせたりするぐらいに。ワタシの席はちょうど直角にカウンターが折れた端の席だったので、どうしても彼らのその動作が視野に入る。日中友好のためにも「ヘンなおじさんがこっち見ている」と思われてもいけない。ワタシは購入したばかりのロス・トーマスの『暗殺のジャムセッション』に集中することにした。

 しばらくして、マックの店のオーナーであるマッコークルが、フェアモント・ストリートにあるハードマンの家で「スコッチの水割りだが、いいか?」と訊かれたところで、ワタシの水餃子と仲良しカップルの水餃子が到着した。ワタシは「刺された男」が誰なのかを想像することはいったん忘れて小皿に酢醤油を作った。

 酢と醤油のバランスを計りながら、日中友好を損なわない程度にそのカップルに視線をやってみると、丼に盛られた水餃子に、空色のニットキャップが辣油を直接かけていた。いや、ただかけていた、では描写が甘い気がする。かけ続けていた、が正しいだろう。

 その店の辣油は決して油断できない程度には辛い。それを数杯、どんどん上からかけ続け、白い餃子は、どんどん赤黒く染まっていく。もちろんトラッカーズキャップの水餃子も。そして、おもむろに一個食べたと思ったら、今度は醤油を直接たらし、さらに酢の瓶の匂いを嗅いでみて、それが「酢だ」ということの確認作業を終えてから、酢も注ぎ込んだ。ああ、まるで調味料の沼に浮かんだ白きジュゴンのような。その赤黒く、恐らく猛烈に辛くてしょっぱくて酸っぱい水餃子を、とても美味しそうに食べたのである。時折、彼の肩にもたれたりしながら。

 それが本場というものなのかどうかは、よくわからないけど、ちょっとだけ、今度やってみようかしらん。



人気ブログランキングへ