夜汽車よ、ジョージアへ!

代替文


 彼女は某ソウル・バーに勤めているのである。ソウル・バーに勤めているとはいうもののソウルには詳しくないのである。そういうことはよくあることなので別に構わないのである。とはいえ、マスターとお客さんがフィラデルフィアだシカゴだアトランタだと楽しそうにソウルの話題をしているのを聞いてこう思ったらしい。

「ワタシはアメリカのことを知らなすぎる」

 そこで根が真面目な彼女がどうしたかと言えば、アメリカについて勉強することにしたのである。偉い。なにより大人になってから何かを勉強しようと思うところが偉い。鄙には希な素晴らしい了簡のお嬢さんである。そのソウル・バーは東京にあるのでちっとも鄙じゃないけれども。

 さて、その彼女、どうもソウル/R&Bの話題には地名が大切のようねえ、となかなか鋭い勘を働かせた。さっそくWEBにてアメリカの地図をダウンロードしてみたのである。IT時代はわざわざ地図を買いに行かなくていい時代である。検索ちゃんで探したヅーチィを画面上にドーン。そこまではよろしい。その開いたアメリカ地図を見た彼女の頭上に、くっきりはっきりと「?」マークがポーン。メイショウさんメイショウさん、「?」にピンスポしくよろ。

「あら、何コレ?」

 彼女はアメリカに詳しくないのである。これまで地図もまともに見ていなかったのである。そんな彼女は頭上に大きな「?」をぽっかりと浮かべたままこう思ったのである。

「この地図、いい加減! だって、州の境がテキトーに表示されてるもの! ぷんぷん!」

 そのアメリカ地図には、真ん中辺りの州の境界線が「直線で描かれていた」のだ。「直線」という事態に彼女はこうお思いになったのだ。州の境界線は「本当はもっと複雑」なのに、この地図はそれを「テキトーに簡略化している」と。こんなテキトーな地図ではちっとも勉強にならないわ、と。

 「テキトーな地図」に憤慨した彼女は次々にアメリカ地図を探しまくった。インターネット回線を走る彼女の憤怒の信号。がしかし、賢明な読者諸君はすでにお気づきの通り、ありとあらゆるアメリカ地図において「真ん中辺りの州の境界線は直線」なのである。残念ながら。

 まあこの際だから言わせていただくが、知らないにも程がある。あるだろ、若林さん(仮名)。仮名にしては具体性がある気がしなくもない。

 彼女はこのエピソードを某ソウル・バーにて披露するに至り、マスター並びに常連客の大笑いで祝福されたことは言うまでもない。

 宮崎県を高校生がどこだかわからなかった、というニュースが紙面やらネット画面やらをにぎわす前日ぐらいの出来事である。ま、そんなのワタシだってわからない。

 ワタシの頭の中では、いつの間にか矢沢永吉の「トラベリン・バス」が鳴っていた。心の中でタオルを投げていた。そして、もうひとつの大陸では「国の境がまっすぐ」というカナシミがあることを、果たして彼女に伝えた方がいいかしらん、と、ちょっとだけ思案してしまったのである。



人気ブログランキングへ